ある旅人の物語


「ミケくん」




 石の階段がある。どこまで続いているのだろう。
 旅人がその神社にやってきたのは、それがきっかけだった。山の中腹にまで続く石段を登り、彼は少し寂れた神社にたどり着いた。




 ふと見ると、猫がいる。ずんぐりと太った猫だ。狛犬の台座が丁度日陰を作っており、その下にちょこんと座っている。目を細め、どうやら転寝をしているようだ。
「ミケちゃん、ミケちゃん」旅人は手を差し出し、無邪気に声をかけた。この三毛猫も人に馴れているのだろう、旅人を一瞥し、また目を細めた。
「ミケちゃん、ミケちゃん」旅人はなおも近づいた。三毛猫は、うっとうしそうに一瞥し、そして口を開いた。
「おい。俺をミケちゃんと呼ぶな。俺は男だ」




 三毛猫は言った。「ニンゲン共は三毛ときたらすぐ女だと思いやがる。俺は立派な男だ」そう言って、フンと鼻息を立てた。
「じゃあきみは、ミケくんなんだね」旅人は目を細めて言った。
「ああそうさ。ここのじいさんも気づいてねえがな。お前は貴重な男の三毛に会ってるんだぜ」旅人の素直さに関心しながら、三毛猫も目を細めた。
「そっか、それはラッキーだ」旅人は声を立てて笑った。三毛猫も、フフンと笑った。




「じゃあまた、ミケくん」旅人は三毛猫と握手をすると、先ほどの石段を降り始めた。
「じゃあな、素直なニンゲンよ」三毛猫は石段の上に立ち、旅人が去る様子を見つめて言った。




 旅人は歌う。人間達の誰にも知られていない、貴重な猫がいることを。